クリエイターとしての責任

組織内において、倫理チェックは必ず行います。それは単に世の潮流に迎合したわけではなく、創作物=ゲームが社会に少なからず影響を与えるという自覚と責任の意識があり、プレイするお客さんに安心して貰いたいからです。

漫画やアニメの業界がどうなのかは私にはわかりません。ただ、傍から見ていると、ゲーム業界とは温度差を感じます。今風に言えば「価値観をアップデート出来ていない」ように、私の目には映ります。

ゲームもギャルゲーや乙女ゲーなど、注意の必要な「性愛」コンテンツを扱うものがあるじゃないかと言われそうですが、それでもそれらはギリギリのラインを守っている筈です。というのも、その前線にいるソーシャルゲームはApple Storeという圧倒的なシェアを誇るプラットフォームのルールに従わなければならず、そしてAppleがAcceptする基準は「現在の世界において倫理的に受け入れられる最低限のライン」です。これが出来なければ、コンソールにおいても新規のお客さんを増やしていく事も出来ず「売れません」。
ただし、近年若干ゆるくなっており、「世界」と一口に言っても、中国の厳しさにはまだまだ及びません。
性愛や暴力の描写について、中国はかなり厳しい基準が設けられています。そのため、中国発のゲームがセールスランキングを席巻している現在においても「緩め基準で制作された日本向け」と「中国国内向け」と、表現を変えて出している事もあります。
このような事情から、たとえば日本国内で開発したゲームを中国市場で販売しようと思ったら、かなり厳しいハードルが待ち受けています。これは、倫理的な問題以前に、中国政府の許可を取るのが難しいという側面もあります。

閑話休題。

最近はあまりXを見なくなっていましたが、今日ちょっとした騒ぎを見かけました。

https://x.com/souya_h/status/1891492802841702419

人様のご意見を載せるのは気が引けますが、上記ポストから引用します。

クリエイター舐めんな。「クリエイターの気持ちを尊重しろ」なんて一番言われたくないだろ、作品の内容や質、受け取り手のことも考えず、「クリエイターが頑張って作ったんだからすごいね」なんてプロに対する冒涜でしかない

私も同意見です。
向上を続ける意思と質、他者と社会への思いやりを保てないクリエイターは、プロとは思えない。社会に与えて「しまう」影響まで考えてこそのデザインや物作りであり、それがプロの仕事です。何度でも挙げますが、私は河北秀也さんの一貫したデザインへの姿勢がとても好きです。

https://www.sanwa-shurui.co.jp/kojinote/with-people/interview/vol17/

一応補足ですが、上記Xのポストに書かれていないとおり「クリエイターにはどういう暴言を吐いてもいい」「思いやりの心を持たなくていい」などという事ではありません。暴言は暴言として、言ってはならないものです。 
クリエイター云々以前に、他者にはまず敬意を持つべきであり、これは社会生活を送る人間として当然の前提です。

さてこのとおり「他者にはまず敬意を持つべき」であるのなら、我々クリエイターは「作ったものを受け取ってくれる人に敬意を持ち、尊重する」事も前提だと、私は考えます。

基本的に、現代社会において作られた商業表現の殆どが、不特定多数の目に触れます。という事は、「たとえターゲットが誰であろうとも、誰が目にするか定かでない以上、最低限の倫理観を持って作らなければならない」のは自明の理だとも思います。

私の絵が見るに堪えない出来栄えであるのなら、人が離れていくのは当然です。私の絵を気に入って貰えるかどうかは見てくれた人が直観や主観で決める事なので、私に決定権などありません。
そして見るに堪えないものだった時、最悪、社会悪に相当するようなものであった時、「でも、この人は頑張って作ったのだろうから」と、思って我慢する必要も全くありません。

質の良し悪し、内容の是非、それらが「一般的に問題がある」のであれば、呆れられて、或いは興味を失われて去られてしまう事は甘んじて受け入れなければなりません。
「問題がある」のなら、今一度己の内心と仕事を振り返り、落ち度が無かったか反省する事までが、「何かを作って市場に出したクリエイター」としての責任だと、私は思います。

ところで昔、とある方から教えて頂いた大事な思い出話が一つあります。

「クレームは凡そ三つに大別でき、『娯楽』・『誤った正義感』・『正当な不利益』であり、真摯に対応すべきは最後の一つである」
というようなものでした。

≪娯楽≫
むしゃくしゃしていた時、苛立ちをあたりかまわずぶつけて解消する。もしくは、「皆が特定のものに罵詈雑言を投げており、その祭りじみた状況に深く考えず参加する」など。
この場合、罵詈雑言は刹那的なものでしかないので、相手にする必要がありません。
無論、だからといってこういった行為をしていいわけでもありません。他者依存の行為なのですから。息抜きは、自分一人で解消出来るものがよいです。

≪誤った正義感≫
これは陰謀論に感化される事や、声の大きな人間に煽動される事などが好例だと思います。
誰かの主張や何かの思想に染まりきり、それが正義だと信じて疑わない。そして「正義=他者のため」だと考えているので、中々反省しないし、粘着的です。
代表的なものだと、ピザゲートなるものを信じてピザ屋さんを襲撃した事件など。彼らは自分達を「正義」だと思っての行動だったでしょう。
付きまとわれると面倒ですが、こちらはいずれ社会か司法に裁かれるものだと思います。ただし大変暴力的で危険性が高く、被害者が生まれないうちに対処したいものです。

≪正当な不利益≫
金額に見合わない商品を出されたり、個人で完結する身体的な安全や安心、尊厳を脅かされ、不利益を被る時。
これが今回Xで見かけた騒動に当てはまるかと思います。
ゲーム業界で倫理チェックを行うのも、内部の人間達が研鑽を欠かさないのも、これを起こさないためです。そして起こってしまったのなら、起こした側は責任を負う必要があり、不利益を受けた人が不快感を我慢をする必要もありません。

女性は特に、現実世界でもフィクションにおいてすらも一人の「人間」ではなく、「商品」「物」として扱われてしまう事が多いです。
そして私達クリエイターが女性という表象(架空のキャラクター)をぞんざいに扱い、「ただの商品」として描いてしまった時、それを見たうちの少なくない人達が「女性とはこう扱われるものなのだ、対等ではない鑑賞物だ」と、勘違いしてしまう事が非常に多い。更にそれらが社会に蔓延する事により、この差別的価値観と型どおりの表現による固定観念に疑問を抱かなくなってしまう。ゆえに、今回この問題において「何も感じない」としてしまう、普段は良識があるように見える人達も続出しました。
だからこそ私が警察署に居た頃「有害図書指定」という行事もあったのです。

そしてこの勘違い甚だしい価値観を現実世界にも持ち込んだ結果、女性を人間とも思わない暴力行為をはたらく人間が生まれてしまい、女性は心身の、生命の安全を脅かされてしまう。DVストーカー、性犯罪の性別ごとの被害率を見れば一目瞭然でしょう。
こういった犯罪は全て、女性を「鑑賞物」「物」として貶める表現が蔓延した延長線上にあります。今回の表現に「問題が無い」と感じた人は自覚のない黄色信号の状態です。

また、女性自身もその「ステロタイプな女性像」を抱え、本人も意識しないうちに人間としての尊厳を半ば奪われて生きていく事にもなってしまう。
そしてその女性自身が、トラウマの再演であったり、価値観の内面化によって、女性の尊厳を傷つける表現を「当たり前」だと勘違いして率先して行ってしまうというケースも生まれます。女性クリエイターであっても「女性キャラクターを鑑賞『物』として描く事が『お作法』」なのだと、違和感を持たずステロタイプを再生産してしまうのは、こういう理由です。

これはまさに女性にとって「正当な不利益」と言えるでしょう。これらの表現が是正されず、ゾーニングすらされず再生産を続け、社会に侵食していけばいくほど、女性は人間として見られなくなってしまう。その行きつく先は悲惨な事件でしかありません。
生命ある一人の人間として、最低限一人で生きていく事すら脅かされるのです。

私は基本的に中高年男女を描きますが、元々は女の子の絵ばかり描いていました。
女の子が主人公のファンタジー漫画を描いていたものの、その架空世界は女の子だけの世界ではありません。描くにあたってどうしても「老若男女やモンスターやメカ、何でも描けるようにならなければ、描きたいものが描けない」ため、色々描くようになった次第です。
そしてそのうちおじさんとおばさんという表象を好むようになって今に至るわけで、今でもおじさんと同じくらい、少女を描く事が実は好きです。

絵描きの仲間や知人の中には、可愛い少女や女性を描く人達がたくさんいます。けれど「なぜ胸とお尻を見せるためにこんな無理矢理なポーズをさせるのか」「なぜ誘っているような表情をさせるのか」「なぜこんなに露出させるのか」は、あまり同意できず、疑問に思っていました。意図もあるでしょうし、「これが女性を描く時の『お作法』なのだ」という思い込みもあるでしょう。
これではまるで、少女や女性達が「性的な売り物」にしか見えず、危うい。

ゾーニングして特定の層にはたらきかけるだけ、そしてフィクションである事を重々周知させた上、ある程度の節度を守る限りにおいて、これは趣味の範囲だと、現状は思います。
ただし、こういった表現を現実と混同する人間が存在することは、少なからず頭に入れておく必要があり、今後、これらのジャンル内での自浄作用が働かなくなれば、社会的に許されなくなる可能性もあると思っています。

時々言及している事ですが、私は二度ほど、商業絵描きとして筆を折ろうとした事があります。
どちらも理由は「私の関わった作品によって、創作世界に耽溺して偏狭な思想を強化してしまい、社会に復帰出来なくなる、最悪、誰かに害をなす人間を増やしてしまうのではないか」と、悲観したからです。
私の創作も仕事も、どちらも「一時の逃避場所」ではあっても「閉じこもる場所」ではない。少しでも希望を持って、生きるのも悪くないと感じて貰う為に、元気になって欲しくて、何より、自分がそうなりたくて描いています。だから私の創作世界は、私自身の憩いであり、社会に対する祈りです。

このような事を念頭においているため、私はキャラクターを意味もなく性的、肉感的に描く事もしません。
イラストレーターになった二十年前から一貫している事で、「架空の二次元キャラクターは、現実に生きる人間には最終的に絶対にかなわない」と思っています。私がキャラクターを描くのは、結局のところ「現実に存在する人間の再現、少しでも近づこうとする行為」です。
そしてたとえ架空のキャラクターでも、上記の理由から、人格を持った人間と同等の認識をしているので、デザインとは総合的にキャラクターの魅力を引き出すために必要か否かを決定するだけであって「胸」「お尻」「筋肉」「金髪」などのパーツを重視しません。
人間は人間であり、パーツではありません。

おじさんキャラクターに「おじさん属性としての萌え」を加えて性的な意味を持たせて売り出せば、売れるという事はわかっています。人は力(暴力)と性的なものに、どうしても惹かれるものです。
こう言うと語弊があるかもしれませんが、それが一番「易きに流れる」要素だからです。
受ける側は手っ取り早く快楽を得られ、描く側は人の耳目を集められる。それ自体を否定はしませんが、慎重に扱うべき表現です。

とりわけおじさんを描く私としては、現実に存在する男性の尊厳を傷つける可能性を除きたい。ステロタイプな男性像にもよらず、自由であってほしい。
強いて言えば、設定を合わせると一時的に安心感を覚えて夢を見られる男性像、あるいは模範や理想となれる存在としては描いています。
たまに絵描きの友人にこの私の「頑固な隙間産業」ぶりを吐露していましたが「それがいいって言ってくれる人はきっといるよ」と励まされてここまで来ることが出来ました。
元々私は駆け出しの頃から「温かみと外連味が売り」だと評されていた人間なので、悪の面ではなく、善の面での外連味を出していければそれでいいとも思っています。

そう、何も悪を魅力にする必要はない、善性と善の外連味を出していけば、同じ外連味である以上、人の心はつかめるはずです。きっと。
ここでいう「善」とは「正義」ではありません。人間の悪意も善意もふまえて、社会に与えるであろう影響を考慮して描くという事です。同様に「悪」とは、社会に悪影響を与える可能性を鑑みる事なく、自己中心的に描く事です。

たとえば格闘ゲームなど、筋肉を強調する必要があり、それがキャラクターに代表される個性を持つ現実の人々の尊厳を傷つけないのであれば「本来そうはならないのに、衣服に筋肉の線が出てしまう」という表現もありでしょう。
ミケランジェロも同様に作成していたのではないか、と私は思っています。彼はあくまで人間という存在の美を重視していた…のではないでしょうか。性的な興味を持っていた事も知っています。それでもギリギリセーフのラインを攻められた稀有な人だと思います。少なくとも、人間の尊厳を貶めるような意思は感じません。

私の例で言うと、ベルフォメットさんをある程度肉感的に描いたのは「限りある肉体と生命、そして尊厳を持つ人間である」事を強調したかったから。それだけです。
もしそれが性的に見えて嬉しい人が居たのなら、それはそれで構いません。もし不快な思いをさせてしまった人が居たなら、申し訳ないです。
このように、私の意図がどうであれ、感想はご覧になった方の自由だと思っています。

私も間違いを犯す人間なので、描いた絵をざっくり語る時に「売り物」と言ってしまったり、不適切な表現をしてしまった事も、これまでに幾らでもあります。
その度注意して下さる方もいらしたので、お陰でなんとかここまで矯正は出来ました。
なので、他のクリエイターを責めようとまでは思いません。合わない人は合わないだけで。

「矜持」と呼べるほど立派なものではない、ささやかな信条でしかありませんが、今後とも他者への敬意を忘れる事無く、フィクションであろうとキャラクターの尊厳を無下にする事も無く、創作活動や仕事を続けていけたらと思います。

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