組織の中の絵描き

旧年中のご厚誼に厚く御礼申し上げるとともに、本年が皆様にとって、幸多き一年であることをお祈り致します。本年も、どうぞ宜しくお願い致します。


12月に入って年が明けて本日まで、私事も含めて密度の濃い日々でした。恐らく、暫くはまだこの状態であるとは思います。

という、本年最初の記事は「ゲーム会社のアーティスト(イラストレーター・デザイナー)として私が大切にしている事」についてです。

任天堂の社長だった岩田聡さんの言葉の受け売りになってしまうのですが「アーティストもノーと言ってはいけない」そして「自らを過信しない事」が、私の信条です。

これは出来ない事を絶対にしろという意味ではなく、仮に依頼を受けたとしたら複数の提案を出し、協議を重ねた上で本当に出来ないようなら「出来なかったね」でいい。まず「相手の希望と要望を素直に聞き入れる事」なのだと思っています。

私自身はソーシャルゲーム畑での経験が多く、また、会社ごとに社風も、内部でもプロジェクトごとに変わるので「これがアーティストの仕事です」と汎用的に言える事はあまり無いかなとは思います。また、まだまだ十年目という地点なので、漸く若葉マークが取れてきた、末席の独り言だと思って見てやって頂けましたら幸いです。

業務としては基本的にコンセプトアートと呼ばれるもの。アイテムや武器防具、モンスターやキャラクター等、デザイン全般を主軸としてきました。

最初に入った会社で、凡そ「2Dアーティストとしてすべきこと」を一通り経験させて頂いたので、この経験は大変得難かったと今も思います。あるPJでは背景やデザイン全般を、あるPJではイベントバナーの作成、そしてあるPJではモンスターのモーションコンテの作成等々……。

ところが、仲間の一部に「この仕事はしたくない」と、特定の仕事を避ける人達も居ました。たとえばキャラクターデザインやキービジュアルは所謂「花形」のする仕事として認識され、それ相応に「やりたい!」と言う人の多い仕事です。

かく言う私も大変恥ずかしながら、慢心していた時期はそのような我儘を申し立てていた時期もありました。なので、自分事としても恥ずかしく思います。

一方、差分、アイテムデザイン、イベントバナー、モーションコンテ……と、地道な作業ほど不人気になり、とりわけデータの最適化やローカライズなどの裏方的な仕事ほどやりたがらない人が多いようです。これはその会社を離れた際、去り際に仲間から言われた事でした。「萩オスさんは何でも断らないから有難かった」と。また、その会社に採用された際「何でも描いてくれそうだから」とも言われていました。そういう事だったんですね。

個人で活動するアーティストであれば、選り好みしても良いと思います。ですが、組織で一つの目的に向かう事を求められるアーティストにとって、チームの意思が自分の意思で、その先にある第一の目的は「まだ見ぬお客さんに喜んで貰う事」です。

上の人達は自分が思っている以上に自分の仕事を見ています。大抵は適材適所の配置をしますし、未経験の仕事がふってくる時も「描けるだろう」という期待をされていると私は思います。であればそれに応えるのが絵描きの仕事で、もし仮に自分の望まない、それこそ人のやりたがらない地味な仕事が来たのなら「それが今、私の仕事として適切で、求められている事だ」と受け止めるだけです。

どの種類のアート業務であっても、全てゲームの品質に関わる重要な業務です。そこに上下をつけてはいけないし、軽んじてもいけない。

何かしら野心があるのなら、チャンスを見つけて全力で取りに行くのは、それは勿論良い事だと思います。ですがチャンスが見えないうちから、やるべき事も出来ていないのにしたくない仕事を誰かに押し付けたり、分不相応な希望をするのは、あまり自分の成長に繋がらないので、やめておいた方がいいと思います。

最初の会社でも割とすぐにキャラクターデザインをさせて貰えました。ですがそれも、自分から望んだわけではなく、他のデザインや仕事を一通り経験した後「やれるだろう」と判断されて貰えた仕事だったのだと思います。

私は美大を出たわけでもないですし、元々は事務屋でした。それゆえの気後れや、即戦力にならなければという気負いがあったという部分もあるとは思います。けれど例え根っこがそうだったとしても「素直・誠実・謙虚」である事は何より大事だと思います。

絵は言わばゲームの看板です。そんな大役を担うからには、相応の責任もついてきます。その責任を負えないのなら、望むべきではないでしょう。アピールをするなとは言いませんが、まずは目の前の仕事を「確実に言われたとおり」「短期間で」堅実にこなす事が先です。時間をかければそれはいい絵が出来るに決まっています。ですが、工数が増えれば増えるほどコストがかかります。速度は大事です。

そしてチームの希望を無下にもしない事。そうしていれば、社内政治のひどい会社でもない限り、気が付いたら望んだ仕事は自然とやってくるものだと私は思います。返して言えば、「なあなあ」で個人的に仲を深めてコネで望む仕事を得ようとする利己主義は、組織においてお客さんのためには決してならない。ただの我儘で腐敗の原因だと感じています。そんなに自分の絵を売り込みたいのであれば、独立すればいいのです。

組織の中で認められたいのなら、力をつけたいのなら、求められた通りに実直な仕事を積み重ねる事。現場に入り、叩き上げて場数を踏む以外無いと感じています。そしてそれが、お客さんに対して誠実な仕事であるのだと信じています。

それに、人員の実力を見て判断する上が居ないゲーム、そして会社は、よほどの大企業でもない限りあまり長続きしないのではないでしょうか。社内政治絡みで出てくるアートは、見れば何となく察しがつきますし、まぐれがあったとしても長続きしません。これはパワハラが横行している会社にも言えると思います。

これは振り返りであると同時に、自戒でもあります。

と、言うより、私の経てきた仕事を振り返ると、そういう感じでした。

そんなわけで、帰省して初詣した氏神様の神社でのおみくじは「末吉」。各結果は散々な内容で、序文からして「出来るだけ身をへり下って何事にも我から進んでしないがよい 強いてしようとすると思わぬ災にあいます つつしんで事を行え」と、ありました。

慢心する事なく、今年は特に慎重に、謙虚を旨として更なる研鑽を積み上げたいです。

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